ブランディングにおいて、「良いこと」や「魅力的な側面」だけがブランドイメージになるわけではありません。実は、事業が抱える課題やジレンマさえも、ブランドの印象を形づくる大切な要素になることがあります。
たとえばこんなケースを考えてみましょう。
丁寧な仕事が赤字を生んでしまうケース
ある小さな製造業の会社がありました。そこは、プロ意識の高い職人さんたちが、一つひとつのお仕事をとても丁寧に、心を込めて仕上げていました。その丁寧さはお客様にも伝わっており、「ここの製品じゃないと」と言ってくださるファンの方も多くいらっしゃいます。
ただ、あるとき経営に目を向けると、企業の収支は赤字になっていました。
丁寧な仕事を続けたいという想いと、赤字という現実。その間で悩まれる経営者の方は少なくありません。
雑にすることは、解決にならない
「丁寧にやりすぎていて赤字なら、もう少し簡素化すれば?」という声もあるかもしれません。でも、それは非常にリスクの高い解決方法です。
なぜなら、お客様が「好き」だと思ってくださっているポイントは、まさにその“丁寧さ”だからです。その丁寧さが失われることで、「あれ、なんか違う…」と感じるファンが離れてしまう可能性があるのです。
では、どうするべきか?
このようなとき、まず重要なのは「課題の本質」を丁寧に見つめることです。たとえば。
- 本当に赤字の原因は“丁寧すぎる”ことなのか?
- 他に無駄な工程がないか?
- 現在の販売価格は適正なのか?
- 販売個数を増やす余地はあるのか?
- マーケティング面に課題はないか?
このように一歩踏み込んで掘り下げることで、「仕事の質を落とさずに改善できる余地」が見えてくることがあります。
価格を上げるという選択肢と向き合う
それでもどうしても価格を上げなければいけない場合もあるでしょう。
その時、ただ「値上げします」と伝えるだけでは、ネガティブな印象を与えてしまいます。
ですが、価格を上げることそのものは“悪”ではありません。
むしろ、「このクオリティ、この仕事、この誠実さにふさわしい価値」をきちんと提示するチャンスとも言えます。
ブランドとデザインの力で、想いを伝える
たとえば、こんな風に伝えてみてはどうでしょうか?
「こだわりすぎて、値上げします。」
これは、ユーモアの中にも誠実さがある言葉です。大切なのは、「なぜその価格になるのか?」をお客様に伝えるストーリーを持つこと。価格の裏にある、人の手、時間、想いを可視化し、共感してもらう工夫が必要です。
Webサイトやパンフレット、商品紹介ページなどでも、「この製品がどのように生まれているか」を丁寧に伝えることで、価格に対する納得感を生み出すことができます。
言葉がブランドを作るという事例
ブランディングには、言葉も大きな影響を持ちます。
ある会社では、社内で使っていたある“強すぎる言葉”に社員が無意識に疲弊していたことがありました。たとえば、「妥協しない」「常に100%」「完璧を追求」といった言葉です。
言葉は力強くて良いのですが、日々の業務でその言葉を使い続けるうちに、社員の心がすり減っていってしまったのです。
私たちは、その言葉の背景にある「想い」をヒアリングし、少しだけ言葉を柔らかくする提案をしました。たとえば「人の気持ちを大事にしたい」「丁寧に向き合いたい」といった、“意味は同じでも、心が軽くなる”ような表現に置き換えました。
その結果、社員の表情が明るくなり、仕事の流れもスムーズになっていったのです。
業務改善はやり方の全変更ではない
業務改善というと、「全部を見直して機械化・AI化しよう!」となるケースがあります。
もちろん、それで効率が上がる面もあります。でも、その一方で、そのブランドならではの良さ、あたたかさが失われてしまうリスクもあります。
- お客様とのやり取りに人間味がなくなる
- いつもいたスタッフがいなくなる
- 品質が一定ではあっても、個性が消える
というようなことが起こりうるのです。
また、新しいやり方に社員が慣れるまでにストレスを抱える可能性もあります。そうすると、お品物やサービスの質が落ちてしまうことも。
だからこそ、「完全にやり方を変える」のではなく、今までの良さを大切にしながら、“少しだけ見せ方を変える”“視点をずらす”というアプローチがとても大切です。
ネガティブもブランドの一部になる
最後に、大切なことをもう一つ。
ブランドとは、“ポジティブな面”だけで構成されるものではありません。
- うまくいかなかった過去
- 苦しかった経験
- 手探りだった挑戦
こうしたものすべてが、ブランドの「ストーリー」を形づくります。そして、それに共感してくれる人が現れます。
もちろん、犯罪やコンプライアンス上の問題は即座に是正されるべきです。でも、それ以外の“ネガティブなこと”も、見方を変えれば、ブランドの温かさや誠実さを表す材料になるのです。
まとめ
課題と向き合い、誠実に対応していくそのプロセスも、すべてブランドの一部です。特に、こだわりを大切にしている事業や、丁寧な仕事を信条にしているブランドでは、それがそのまま「魅力」として伝わります。
そしてその魅力を、きちんと言葉にし、見せ方に工夫をすることで、「課題」すらも「ブランド価値」へと変えていくことができるのです。
あなたのブランドの“らしさ”を失わずに、時代の変化や経営課題に向き合う。
それが、これからのブランドづくりの在り方なのだと思います。